Ayame Misaki Instagram – 1995.01.17 AM5:46
阪神淡路大震災から29年が経ちました。
国内で史上初めてとなる震度7を記録した日。
たくさんのものが壊され、
たくさんのものが奪われ、
たくさんの涙を流した日。
何年経ってもあの日の事を忘れる事が出来ません。
1月という寒い季節に起きた大震災。
家が壊れ、高速道路も大きく倒れ、火災があちこちで起き、地震後すぐに雨でぐちゃぐちゃに。
家もない、食べ物もない、水もない、服もない、何もなかった。
5歳ながら、なんとか気丈に保ち
1年避難所を転々とし、4年仮設住宅に住んでいました。
生き埋めになってる人、火災に巻き込まれた人、5歳の私には助ける事ももちろん出来なくて、救援物資の取り合いなどもそばで見て、家族も多かった私は私1人でもいなくなれば少ない人数で分け与える事が出来るのかなぁと、幼心に感じていました。
「どうして私は生き残ったんだろ」
そんな風にどうしよう出来ない事で悩んだ時もありました。
今ある命に感謝しましょう!!
本来ならそういうポジティブな言葉をSNSに残した方がいいのだろう。
ただ、今年は胸の内を吐き出してみようと思いました。
何をしても、何を言っても叩かれたり炎上する事もあるし
すべての人を納得させられる答えなんてどこにもない。
だから、私は5歳の時の私みたいな人たちに寄り添う事に決めました。そんな風に考えた時もあったよと。
あの人が亡くなって、私だけ生き残った、なんでって。
でも生かされたからには出来る限り楽しんで生きて行くしかないんだよなぁと。
私もそんなに強く生きられないけど、
周りの人に助けてもらいながら生きてる。
あの日があってよかったなんて絶対に思わないけど、
それでも、その経験があるからこそ今はどこでも生きていける。
能登半島の地震で今もなお、逼迫した状況が続く中
笑顔でとか、強く!逞しく!とかそんな風に思わなくていいのではないかなと。
人も物も家も全部なくなって、辛くない方が、悲しみがない方がおかしいのだから。つらい時につらいって落ち込む事も大切だし、生きていかなくてはいけないけど笑顔じゃなくても、強くなくても大丈夫ですよと伝えたい。
被災者じゃない人たちも、
毎日流れてくるNEWSに心痛める事もあるでしょう、
無理に被災地の人に寄り添う必要もありません。
まず自分自身に寄り添ってあげてください。
そして余裕があれば、他の人に寄り添ってあげてほしい。
新年早々立て続けに辛いニュースばかりですが、
わたしも自分が出来ることを無理せず出来る範囲でやっていこうと思います。
皆さんの健康と幸せを祈っています。 | Posted on 16/Jan/2024 20:33:40